さなぎのなかみ

鬱々とした日々のこと。

赤信号で待つ人

アパートから駅までの道の途中に、信号のついた短い横断歩道がある。
ボタンを押すと赤から青に変わるタイプのもので、デフォルトで赤く光っている。車通りは程々にあるが、見通しもよく道幅も狭いので、ほとんどの人がボタンを押さずに渡ってしまう。

 

仕事終わりの帰り道、向かいから歩いてきた女性が横断歩道の前でピタリと立ち止まった。赤信号を目視した後、おずおずとボタンに手を伸ばすのを見て、あ、珍しいな、と思った。ここ半年で、ボタンを押している大人を見たことがなかったから。
明るめの髪の、こざっぱりとした印象の人。杖はついていなかったので視覚障害者というわけでもなさそうだった。

 

私は一緒に立ち止まるようなことはせずに渡ってしまったのだが、すれ違う瞬間に、ふと愛しさがこみ上げてきた。

 

それはたとえば、「この道路には押しボタン式の信号がついていますが安全を確認の上ならボタンを押さずに横断することもできます」といった、明言されていないある種のルールがこの場においては存在していて、本来のルールに沿って正しいことをしているはずなのにズレてしまう。間違ったこともしていないのに、この場を支配する正しさから外れてしまう。
そんな、世間への馴染めなさ、みたいなものを感じてしまったからかもしれない。